オリジナル作品『魔法剣』のキャラ紹介、小説の他、アニメ、コミック、映画、ゲームの軽い感想、情報などの日記です。
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小説版『魔法剣・壱』第5話「空っぽだったボクの部屋に光が射した」
2008/08/27
小説版『魔法剣・壱』第4話「如月 音-Kisaragi On-」
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小説版『魔法剣・壱』第1話「睦月 炎」第1部
2007/09/02
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■■■小説版『魔法剣・壱』第5話「空っぽだったボクの部屋に光が射した」
2008/08/27 Wed小説版「魔法剣・壱」
小説版『魔法剣・壱』
第5話「空っぽだったボクの部屋に光が射した」

2008042801

『魔法剣・壱』第5話「空っぽだったボクの部屋に光が射した」

炎(あいつらは無事か?
   スイは…あんなところに…大丈夫そうだな…
   ヤナは…まだ温室に居ればいいんだが…
   オンは音楽室か?
   くそ…自分で引き付けたとは言え…
   身体が全然動かせねぇ…)


 小等部の頃からの幼なじみで、親友とも言える友人・エンと、
 共に幼なじみのスイ、ヤナしか知りえないオンの秘密。
 オンは通常の人間の数倍耳がよく聞こえ、複数の音を聞き分けることが出来る。
 範囲で言えば学園都市の敷地内ほどならほとんどの音を聞き取ることが出来る。
 こういう特殊な体質をしているのもあり、
 クラスでのイジメなどに繋がらないように、
 オンの秘密を知るエンたちは出来る限りこのことを秘密にしている。
 そんなオンはずっとエンたちに感謝している。
 自分の様な人間と、理由も聞かずに守ってくれていることを、
 そして”ともだち”になってくれたことを。
 だから、
 ほんの少しでもエンの助けになりたかった。
 些細な事で構わない。
 教科書を貸すのだって、消しゴムを貸すのだって、
 授業の内容を写したノートパソコンのデータを転送するのだって、
 本当に些細な事で構わない…。
__________

ぴあの「ごめんなさいエンさん…
    もう少しだけ苦しめちゃいます」


 人に危害を加える存在”魔精霊”。
 そのメンバーでありながら、
 人を傷つけることを嫌う”魔精霊”からすれば異質な者。
 しかし、命令が下れば逆らえないことも事実である。
 だから監視されることが少ない外ではなるべく人を傷付けずにいる。
 最小限に抑えようとしている。

陽炎「違うな、間違っているぞ
   苦しめるのではない、殺す”つもり”でやれ!」


ぴあの「え…はい…」

 ぴあの行動に反して、カゲロウはエンを殺せと命令した。
 ぴあのにとって一番やりたくないこと…。
 しかしぴあのはカゲロウの言葉をしっかり理解していた。
 カゲロウは”つもり”でと言ったのだ。

炎(こんな時姉ちゃんなら…
  的は出来るだけオレに絞らせる
  時間を稼いで…まずは学園から離れれば
   ホシツキ…じっとしててくれよ…)


 耳に直接流れ込んで来る悲しきピアノの旋律によって
 身体の自由はなかなかに取れてはいない
 頭痛はするし、全身に痺れにも似た感覚も感じるが
 気絶したりするほどでもない。
 エンは地面を這いながら昇降口に向かい始める。

朔夜(…あれ…
   おかしい…能力が発動しない?
   昨日もそうだった…なんで?)


 エンが昇降口に向かうその横でサクヤは一人困惑していた。
 先日の戦闘介入の時にも使えなかったように
 またも自身の能力が使えないことに気付いたのだ。
 封印の能力。
 使うことが可能ならこれほどに頼もしい力はないだろう。
 だが不発動により実質エンと共に戦うことは出来そうにない。

水「エ…ン…」

 更にエンの後ろ、昇降口より少しだけ離れた場所で
 ほぼ完全に身動きが取れずにいたスイは遠くなる意識の中、
 エンの名前を呼んでいた。
 身動きの取れない自分の視界に居て、
 そのエンはまたも自分を犠牲にしてまで戦おうとしていて、
 エンのために何かしたくても何も出来ないでいて、
 そんな自分が惨めで、情けなくて、恥ずかしかった。

ぴあの「ちょっと待ってください…カゲロウさん…
    エンさんのすぐ近く…もう一人…
    いえ、二人…能力者がいるみたいです…
    一人はまだ目覚めてないみたいですが…
    もう一人の…これって…」


 まさにエンへの音の攻撃を強めようとした時…。
 音の振動でぴあのは理解した。
 エン以外、すぐ側にエンとは別の能力者が居ることを。
 その能力者は一昨日現れた少女が使おうした能力とは別に、
 もう一つ確認できた。

陽炎「昨日突然表れた能力者か…
   (顔ははっきりと見れなかったが
    ”あの人”に良く似ていた気がした
    となると…”シンハ”も気付いているか?
    しかし…なぜ…
    まさかこれが彼女にとっての最後の世界なのか?)
   ”拾魔神”とは関係無い、
   まだ介入しなくていい…続けてくれ」


 カゲロウは思うところがあった。
 魔精霊でありながら魔精霊ではなく、
 でも決して神精霊ではなく、人間でもない存在。
 報告になかった”少女”の出現とその能力、
 そしてその少女とはまた違う能力者。
 カゲロウの考えはグチャグチャにされていた。
 そんなカゲロウの思いを察してぴあのは頷くしかなかった。

ぴあの「…はぃ
    エンさんへの攻撃…再開します」


     ギィィィィィィィィィィィィィィィィィン
____________________

炎「な…これ…
  ぐあぁ…な…あぁぁぁぁぁぁっ!
  なんだ…こ…うわぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」

2008042802

 ぴあのの能力攻撃はすぐにエンを襲った。
 先程までの音楽とは比べものにならない酷い音。
 大きく、そして鼓膜どころか、神経までもを破壊し兼ねない恐ろしいものだ。

朔夜「え!?エンくんっ!!!?」

水「エンっ!!!?」

 そのエンの急激な変化に側にいたスイとサクヤは驚いた。
 周りの生徒は音が静まったばかりで気を失ったままの者もいる。
 遠くなる意識の中でスイはエンを見ていた。
 側に行きたいのに身体が動かないもどかしさ…

     ダッ

 サクヤは能力の発動を止めてエンに駆け寄った。

水「サ…クヤ・・・…?」

朔夜「エンくんっ!」
____________________

陸「クゥ、大丈夫か?
  えと…キミも…」


 エンがぴあのの障害音を全て引き受けたおかげで
 学園中に響いた音は消えていた。
 ようやく動けるようになったサッカー部の少年・リクは
 妹と、その友人と思われる少女・ヤナを気遣った。

空「お兄ちゃん…
   うん、大丈夫…」


 リクの妹・クゥはベンチの横に置いてあった車椅子に移動した直後だったため、
 響音から耳を塞ぐだけで済んだ。
 むしろ状態としてはヤナの方が酷かった。
 驚いて耳を塞いだが、そのまましゃがみ込んでしまい、
 横になってしまっていた。

柳「はぃ…」

陸「肩をかす」

 そんなヤナにリクは手を差し出していた。
 横になっていたヤナを起き上がらせようとしたのだ。

     ビクッ

 しかし幼なじみのエン、スイ、オン以外で
 あまり話すところを見かけないヤナにとって、
 初対面のしかも男性ともなるとヤナは驚いてしまう。
 嫌いなわけじゃないし、怖いわけでもない。
 でも症状は対人恐怖症にも似ていた。

柳「あの…大丈夫です…ごめんなさい…」
2008042803
 差し出されたリクの手にビクビクしながら思わずそんな言葉が出てしまった。
 驚いていた。
 自分なんかに手を差し出してくれたのはエンたちを除いて初めてだったから。

陸「そうか?」

 リクもヤナに驚かれたことをあまり気にしていないようだった。
 病弱な妹に付きっ切りと言えるくらい一緒に居るので、
 他の女性に免疫が全くと言ってよいほどないのだ。
 しかし、リクにとってはそのことよりも
 自分が手を差し出したことの方が驚きだった。
 普段なら声をかけても、手を差し出すようなことは絶対と言えるくらいにない。
 何故自分がヤナに手を差し出したのか、リクにはわからなかった。
 そんなリクを見て、リクの妹・クゥは、驚きながらも微笑んでいた。
____________________

ひより「随分と回りくどいやり方ね…」

 中等部校門前、まだ帰宅せず留まっていたひよりたちも
 音響の終わりと同時に口を開いた。

高海「あまり戦う気が無いように感じますね」

 その口ぶりから、どうやらひよりたちは
 この騒動を起こした相手を知っているようだ。

ひより「拾魔神にも居るのねぇ
    戦いを好まないやつが…」


 相手を知っているだけにニヤニヤしながら、
 でもどこか切なげな表情を浮かべながらそう答えた。

高海「トゥーラーさんも…ですよね?」

 ひよりの答えに返した高海の言葉の中に不思議な名前が出てきた。
 横文字の名前。

ひより「そうね…6年前…睦月真紅(むつき・しんく)と共に戦った
    今は”魔精霊に寝返った男・トゥーラー”…
    人間名…神威陽炎(かむい・かげろう)…」


 エンにとってはきっと驚きな名前になるだろう。
 魔一族は魔精霊の中では横文字の名前を持ち、
 その人間としての名前はエンの知る人物の名前なのだから。

高海「もう一人は”響”の能力者みたいですし"ミーナ"ちゃんですかね…
   今のミーナは確か…結月ぴあのちゃん…」



 ひよりと高海…この二人はどこまで魔精霊のことを知っているのだろう。
 ”トゥーラー”の次には”ミーナ”と言う名前が出てきた。
 更にその二人の人間としての名前も知っている。

ひより「あぁ、納得した…
    じゃぁ、今回は能力者の覚醒が目的だ」


 エンたちの居ないところで
 静かに歯車は動き出しているようだった。
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瑠璃「おさまった…ね…」

 下校する途中だった。
 小等部の昇降口付近で、先程までエンたちが聴かされた
 ピアノの旋律を全く同じ時間に聴かされていた。

かのと「まだ耳がジンジンする〜
    よく聞こえない〜」


 瑠璃とかのとは耳を塞いだままの状態で
 聞こえなくなった音楽にビクビクしながら口を開いていた。
 その横。
 小等部の仲良し3人組・瑠璃、かのとともう一人の少女かのん。

かのん「ダメ…ダメだよ…
    エンさん…一人で戦おうとしちゃダメ…」


 彼女一人だけ耳を塞いでおらず、
 祈るように手を握り、まるでこの戦いを知っているかのような言動を吐いた。

瑠璃「かのんちゃん?」

かのん「な、なんでもないよ〜
    さ、帰ろ?私お店の手伝いしなくちゃだよ」


瑠璃「あ、うん」

 その小さな言動に瑠璃が気になって声をかけた。
 でも聞き取れないくらいに小さな声だった。
 かのんは誤魔化すように帰ろうと二人を促した。
 かのんの言葉は気になりはしたが、
 瑠璃にとって親友と言えるかのんがそう言うなら信じるしかなかった。

かのと「私も弟の面倒見なきゃ!」

 ハッと思い出したかのようにかのとも帰路を急いだ。

瑠璃「エンくん…お兄ちゃん…」
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鋼「あとは二人目が目覚めるのを待つだけ…?」

 学園内に存在する能力者によって構成された特別な集団”魔法生徒会”。
 その会員である”霜月 氷(しもつき・ひょう)”と”卯月 鋼(うづき・はがね)”の二人は、
 高等部棟にある視聴覚室の”魔法生徒会”のみが使用の許可が許されている第3視聴覚室に居た。

氷「目覚めるまでは私たちは動かない方がいい」

 どこでそんな機器を揃えたのか、
 まるで分かっていたかのように二人は視聴覚室の大きなモニターを見ながら会話していた。
 そのモニターは4分割されたおり、
 それぞれエン、スイ、サクヤの3人。
 ヤナ、リク、クゥの3人。
 ひよりと高海の2人。
 そしてオンを写していた。

鋼「予測出来てるんでしょう?
  今日目覚める能力者…」


氷「…音の能力者…
  如月 音(きさらぎ・おん)…」


 能力者と言ってもタイプはたくさんあり、
 一人一人能力が異なり、
 生まれ付き能力を持っている者も居れば、
 突然能力者として目覚める者もいる。
 能力者は普通の人間からしてみれば異質な存在であり、
 この学園都市は能力者が誤った使い方をしないために
 その能力者の監視・育成をするための機関としても機能している。
 一般の生徒も勿論在籍しているが、
 ほとんどの学生が本人が気付いていないだけで能力が使えるか、
 能力者として目覚める可能性がある学生たち、
 そして能力者としての自覚のある者たちなのだ。
 この監視・育成システムは”魔法生徒会”以外は知ることはない。

鋼「そんな…オンくんが…酷すぎるわ…
  こんな現実…」


 ヒョウに聞かされたその言葉はハガネを驚かすには十分だった。
 何故なら…オンとハガネは従兄妹同士で、
 オンはハガネの心を開いてくれた人物の一人だからだ。
 出来るなら自分と同じ場所に来て欲しくなかった。
 6年前の戦いでエンの姉・シンクが消え、
 その弟・エンが、今まさに戦いに身を投じてしまっている。
 これ以上大事な人が巻き込まれるのは嫌だった。

氷「3月末までには12人全員揃うと思う
  ”雷”、”風”、あと”時の能力者”も
  出てくるだけならそろそろ…」


 ヒョウは更に、選ばれた十二聖士全員が揃うと口にした。
 ハガネはこれ以上大事な人が選ばれないことを祈るしかなかった。
 しかし、
 そんなハガネにとって、ヒョウのことでずっと気になっていることがあった。
 自分やオン、スイやヤナの前でも見せたことのないもの。
 エンとエンの姉・シンクにしか見せたことなのないもの。
 何年前になるだろう。
 まだエンやシンクに出会って間もない頃だっただろうか。
 はっきりとしたことは言えない。
 半分は詮索に過ぎない。
 でもどこかで確信もある。
 「”ヒョウ”は2人いる」かもしれない。

鋼「ねぇヒョウちゃん…エンちゃんは目覚めてくれたけど…
  あの娘を目覚めさせること…出来るの?」


 本当に聞くのには勇気が必要だった。
 嫌われるかもしれない。
 でも、シンクが消えてから6年。
 再び戦いが始まろうとしている。
 だからこそ、はっきりさせたかった。

氷「スイのこと?
  その鍵はやっぱりエンとサクヤが握って…」


 頭の回転が良すぎるヒョウには、
 ハガネが何の質問をしているかがすぐにわかった。
 「もう一人の自分」のことだと。
 だから誤魔化そうとした。
 逃げられるなら今はまだ逃げたかった。
 質問が違うならそれで良い。
 エン以外に知られるのは恐いのだ。

鋼「違うの…」

氷「……」

 やっぱり的中した。
 ハガネの質問。
 「もう一人の自分」。
 今はまだ…エン以外には知られたくない自分。

鋼「私が言ってるのはあなたの中に居る
  ”もう一人の女の子”のこと…」


2008042804
 ハガネはヒョウの胸の辺りを左の人差し指で指しながら
 小さく言った。
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水「また…また何も出来ないの?
  エンが頑張っているのに…
  エンだけが頑張っているのに…
  チカラになるって決めたのよ…
  あの時…」


 サクヤがエンの側に駆け寄る。
 その光景を見ながら微妙な意識の中、
 何度も心で繰り返した。

水「お願いよ…動いて…」

 と…。
 サクヤがどうとか、そういうのじゃなくて、
 ただ側に行きたかった。
 いつも側に居て、
 いつでも何する時でも一緒だった…
 ……そう父に”聞かされて”いる。
 自分の記憶の中でもエンは常に隣にいた…と思う。
 でも正直分からない部分がある。
 1部記憶が欠落しているように感じることがある。
 あれはまだヤナやオンに出会った直後の出来事だったと思う…。
 それはどこか不安なこと。
____________________

陽炎「ぴあの…お前のチカラは攻撃タイプ以外では
   能力の反応が確認出来ても
   その人物の特定、認知は出来ないんだったな?」


 カゲロウが事前に確認しておきたかったこと。
 ぴあのの「響」の能力の攻撃以外の特性。

ぴあの「はい。
    「響」の能力で分かるのは能力とその能力者が居る位置だけです
    顔や性別、ましてやその人が誰かなんてことまでは分かりません」


 そのカゲロウの質問に何の不思議も感じずに答えた。

陽炎「そうか…」

ぴあの「???」

 むしろそれだけの言葉の交わしの短さの方に不思議さを感じた。

陽炎(それでいい…
   もし何か起こった時、苦しむのは他でもないお前だ…
   お前は優しすぎる)


 そう心で呟くカゲロウこそ、
 優しい人物なのだと、本人は気付くことはない。

炎「くぅぅ…あぁぁぁあぁぁぁあぁぁ
  がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


音「エン?
  ダメだ…このままでは…エンの精神が潰されてしまう…
  エン…ボクはあなたの力になりたい…
  僕を初めて認めてくれた人…
  僕に居場所をくれた人…
  僕の一番最初のともだち…だから!エン…」


 人の流れる音の振動でエンの状態を確認していたオンだが、
 エンの音の変化にさすがに驚いた。
 エンを助けたい。
 エンのチカラになりたい。
 その時だった。
 オンの中で何かが鼓動した。

ぴあの「あ、カゲロウさん!
    反応が!能力の反応です!」


陽炎「そろそろだな…」

音「レティス-能力発動-。
  エン。
  今、行きます」


 オンが不思議な光に包まれた。
 オレンジ色に輝く光に。
____________________

炎(ばぁ〜かっ!)

音(え?)

炎(ボクたちはもう”ともだち”だ)

音(ともだち?)

炎(うんっ!
  自己紹介した、お話した、だからもう”ともだち”だ!)


音(ともだち…僕の…”ともだち”)

 オレンジ色に輝く光に包まれながら
 オンはエンとの出会いを思い出していた。
 前に進むきっかけをくれた人であり、
 初めての友達になってくれた人のことを。
 あの日差し伸べてくれた腕のように、
 今度は自分が腕を指し出して助けたい。
 苦しんでいる友達を助けたい。
____________________

     キーンコーンカーンコーン

男の子「休み時間だっ!
    外でサッカーしようぜ!」

女の子「えぇ〜、他のにしようよ〜」

男の子「睦月も行こうぜ!」

  僕は小等部の頃、クラスの窓側の一番後ろの席で、
  いつも一人でした。


炎「ごめん、今日はパス」

男の子「そっか〜
    睦月が来てくれると隣のクラスに勝てるのにな〜」

  エンと出会ったのは性格には小等部3年生の頃で、
  僕は休み時間になるといつも音楽室に行っていました。
  いえ、逃げていました。


先生「ねぇ、みんな
   なんで如月くんと遊ばないのかな?」

男の子「え〜だって如月ってなんか暗いんだもん」

女の子「誘っても一緒に遊ぼうとしないんだもん」

先生「如月くん?
   みんなと一緒に遊ばないのかな?」

音「お父様がダメだって言いました」

  その頃の僕は父が全てでした。
  父が右と言ったら右に向かい、
  左と言ったら左に向かう。
  僕の世界はそうやって成り立っていました。


先生「え?
   でもほら、みんな一緒に遊ぼうって言ってるよ?」

     タタタタタタタタ

音「本当にそうでしょうか?」

先生「あ…れ…」

音「音楽室に行ってきます」

先生「ちょっと!如月くん!
   どうしたらいいの…」

炎「……あいつ…」

  だからどこかでクラスメイトを羨ましく思いながらも、
  父の言葉を信じて、友達も必要のないものだと思っていました。
  本当は友達がほしかったのに。

____________________

     ガタッ

男の子「よし!今日は野球だ!」

女の子「スポーツばっかじゃん」

  毎日が進んでいました。
  クラスは何事もなく毎日を過ごし、
  クラス替えしても、グループ分けしても、出席をとっても、
  クラスの中には自分が存在していなかったんです。
  そんな毎日がずっと続くものだと思っていました。


先生「あの、みんな…」

音「…」

男の子「早くしないと休み時間終わっちゃう」

  クラスメイトは僕がいない世界で毎日を過ごしていました。

男の子「睦月!今日は?」

炎「わりぃ今日ヤナの体調が…」

  でもその日は違っていました。
  エンはむしろ体調も良好だったヤナさんの体調不良を理由に
  クラスメイトと遊ぶのを拒んだんです。


柳「…エンちゃん?」

女の子「そっか…
    睦月くん弥生さんのお世話係りだもんね」

男の子「ちぇ〜、
     次はお前の剛速球頼りにしてるからなぁ」

  ヤナさん本人は少し驚いていましたが、
  理由が理由だけにクラスの皆は納得していました。
  でもエンくんは…


炎「なぁ!」

  小等部3年生1学期の4月の終わり、
  少なくともそれまでは思っていました。


男の子「なに?」

炎「如月を誘ってやってくれよ」

  何も変わらず、自分と無縁なところで世界は周り続けるのだと…
  そう…3年生で同じクラスになった
  ”睦月 炎(むつき・えん)”と言う人に出会うまでは。
  この時です。
  ”空っぽだったボクの部屋に光が射した”んです。


水「エンちゃん」

女の子「え…」

男の子「あ…」

  その瞬間、誰もが喋るのも遊ぶのも止めてしまいました。
  エンのその一言はクラス中の誰もを驚かせていました。
  エンの幼なじみのスイさん、ヤナさんも例外ではありませんでした。


炎「以外とスポーツできるかもよ?」

男の子「だって…」

女の子「ねぇ…」

  エンの更なる一言はクラス中に戸惑いと不安を与えました。
  クラスの皆からしてみれば体内に異物を入れるのに等しい行為だからです。


     ガタッ

音「音楽室に行きます…」

先生「…あの…」

  みんなより先に僕がその空気に耐えられなくなりました。
  いいえ、怖かったわけではありません。
  エンのその言葉はとても嬉しかったんです。
  今までずっとそんな言葉をもらったりなんてなかったことでしたから。
  すごく、すごく恥ずかしかったんです。


炎「……」

 教室を出て行くオンをエンは無言で見ていた。
 それはクラスメイトも同じだった。

水、柳「エンちゃん?」

炎「先生、大丈夫」

 突然先生の前に向かったエンに、
 小等部3年生で幼なじみのスイとヤナは「どうしたの?」と
 表情で質問した。

     タタッ

 エンはただ一言、「大丈夫」と先生に告げて、
 走り出した。

先生「…睦月…くん?」

     タタタッ

水「待って!エンちゃん」

 スイもエンを追うように教室をあとにした。
 ヤナも歩いてだが続く。

先生「…水無月さんに弥生さんまで…
   私どうしたらいいの?」

 先生はただひたすら困惑していた。
____________________

音「どうしたら…
   上手く話せるようになるんでしょう…
   本当はもっとみんなと話したい…
   友達になりたい…音楽ももっと勉強したい…
   でも…父様が…」

  音楽室。
  ピアノのイスに座ってそんなことを考えていました。
  この時の僕はいつも逃げてばかりで、
  友達もいなくて、
  人との付き合い方もまるで知りませんでした。
  音楽ももっとたくさん勉強したかったんです。
  父の音楽だけではなく、大好きな音楽の勉強を。
  でも父が全てだったこの頃、
  そんな事が叶うはずなんかなかったんです。

_____________________

水「ねぇ、エンちゃん、どこ行くの?」

柳「もしかして…音楽室?」

 休み時間になったばかりで授業中の静けさが嘘のように
 廊下は生徒の声で賑わっていた。
 スイとヤナはエンに質問していた。

炎「なぁ、ボクたち如月と同じクラスだよな?」

 スイとヤナの質問に、エンは質問で返した。
 いつものエンらしくなかった。

水「うん」

炎「同じクラスになった時、自己紹介したよな?」

 更に質問した。
 エンはどこか冷静で、
 でもどこかイライラしてる感じも受けた。

柳「うん、クラス全員したよ」

炎「話もしたよな?」

水「うん」

炎「じゃぁ何で無視とかするんだ?」

 エンの言葉は当たり前で、
 でもクラス中の誰もが避けてしまっていたこと。

水「え?」

炎「あいつ暗くないし、遊ぼうとしないんじゃないよ」

 エンはクラスでいつも孤独になるオンを心配していた。
 意識してではなく、当たり前のように。

柳「エンちゃん?」

炎「ボクたちならわかるだろ?
   一人がどんなに苦しいか、寂しいか」


水「エンちゃん…それって」

 エンの言葉は重かった。
 孤独と言うものを経験してきた3人。
 大切な何かを失ったことがある3人。
 オンもまた孤独だった。
 そんな苦しいことなんてあってはいけない。
 エンはそう思った。
 その言葉をスイは理解した。

炎「うん!
   あいつはもう”ともだち”だ!」


水、柳「エンちゃん!」

 そう、オンは同じクラスメイトで
 ともだちなのだ。

     タッタッタッタッ

音「誰かが近付いている?
  何故でしょう…音で分かってしまう…」

  僕には昔から不思議なチカラがありました。
  周囲の大きな音から小さな音まで聞き分けることが出来ました。
  何故かは分かりません。


     タタッタタッタタッタタッ

音「一人…いいえ…二人?」

     タタタッタタタッタタタッタタタッ

音「違う…3人?…
  この音楽室に向かってきている?…」

音の父(私の音楽だけを聴いていろ!
    私以外の言葉など聞くな!)

音「ダメだ…隠れなきゃ…
  父様に怒られる…」

  それはエンと出会った頃から日に日にはっきりと大きく聞こえるようになりました。
  まるで誰かが助けを求めている声を聞いて
  駆けつけてあげられるためのように。


     タタタッタタタッタタタッタタタッ

     キュキュッ

     ピピピ

     プシュー

  それはまるで大事な友達が苦しんでいる声を聞いて
  すぐに助けに行けるように。


炎「小等部音楽室…ここだ」

水「いない…ね…」

柳「ここじゃないのかな…」

  すぐ側まで来た。
  エンとスイさん、ヤナさんは僕が隠れている
  小等部の音楽室の前に到着しました。
  僕は怯えていました。
  父の従いに背くことになるから…


炎「スイ、ピアノの方を探して
  ヤナはドアの前に居て
  ボクは後ろの楽器の方を探すから」


水、柳「うん」

  音楽室のドアを開けるとエンは
  スイさんとヤナさんに指示を出して僕を探し始めました。

音「近付いてくる…
  ダメだ…ダメだ…父様に怒られる…」

  ただただ、
  恐がって、怯えて、
  でもみんなとお話したくて、音楽の勉強がしたくて…。


炎「……」

  そんな事を考えていたら、
  使い古された今はもう使われていない大きなピアノの
  後ろに隠れていた僕の隣にエンはいました。

音「あっ…」

  逃げ場なんてどこにもない。
  僕は小さな声を上げて驚いていました。


炎「何を恐がってるんだ?
  みんなと友達になること?
  それとも音楽のこと?」


音「え?」

  突然で、でもこの時僕が考えていたこと、悩んでいたことを、
  エンはあっさりと指摘し、僕に質問してきた。
  本当に驚きました。
  何故この人はこうも僕が苦しんで、悩んでいたことを
  こうも簡単に言い当ててしまうのでしょう。


炎「どうしたい?
  みんなと友達になりたい?
  音楽やりたい?」


音「睦月…くん…?」

炎「誰かの命令とかじゃなくて
  誰でもない、オンの答えを聞かせてよ
  ”如月”ではなく、”オン”の答えを」


  父の命令ではなくて、
  如月の答えではなくて、
  僕の…オンの答え。
  本当に不思議な人です、
  睦月 炎(むつき・えん)と言う人は。

音「ボクの…”オン”の答え…」


炎「そう…オンの答え」

水「オンくんの答えを」

柳「心の…答えを」

  気付いたらスイさんもヤナさんも側にいました。
  僕は気付かされました。
  逃げてばかりじゃいけないのだと。
  エンは僕に促していました。
  誰かに言わされた言葉じゃ意味のないことを。
  自分の意思で、自分の言葉で言わなきゃいけないことを。
  エンは、スイさんは、ヤナさんは僕の背中を押してくれたんです。

音「ボクは…
  みんなと友達になりたい
  いろんな音楽を勉強したい」


炎「聞こえないよ」

音「あ…はい。
  すぐにとは言えないですけど
  みんなと友達になりたいです!
  いろんな音楽をもっと勉強したいです!
  で・・・でも…」


炎「ばぁ〜かっ!
  言えるじゃん!自分の気持ち!」


音「え?」

  僕の気持ち。
  僕の答え。


炎「ボクたちはもう”ともだち”だ」

音「とも…だち?」

  ”ともだち”。
  僕がずっと欲しかった、
  僕が求めていたもの。


炎「んしょ!」

音「わわっ!」

  エンくんはすくっと起き上がると、僕の腕をとって起き上がらせた。


炎「ボクが一人目のともだちだっ!」

2008042805

音「え?…」

水「私は二人目のともだち」

柳「私は三人目の…ともだち…」

音「みなさん…」

  ”ともだち”。
  僕にはその日、友達が3人も出来ました。
  ともだちは与えられるものではない。
  作るもの。
  エンたちはそれを教えてくれました。


炎「違う!ボクは睦月 炎(むつき・えん)!」

音「睦月くん…」

炎「それも違う!」

音「あ…え…?」

水「エンだよ、
  友達だもん名前で呼ばなきゃ」


柳「”くん”はダメ…だよ」

音「エ…ン」

炎「おぅ!」

  エンは笑顔で返事してくれました。

水「私は水無月 水(みなづき・すい)」

柳「…弥生 柳(やよい・やなぎ)…です」

炎「うん」

  音「はい!
  ボクは…如月 音(きさらぎ・おん)です」

  戸惑っていた僕に自己紹介を促しました。
  他人行儀な呼び方ではなく、
  ちゃんと、名前で呼ぶために。


炎「よしっ!
  オン、友達なんだから何だって話していいんだ」


音「はい!」

水「溜め込まなくていいんだよ」

音「はい!」
炎「多分な」

柳「エンくんはチカラになってくれるんだよ」

音「はい!」
炎「そうなのか!?」

水「エンちゃん!」
柳「茶化しちゃダメだよぉ」

炎「すんません!」

音「くすくす」

  何度も何度も、
  エンが、スイさんが、ヤナさんが声をかけてくれる。
  それに一つ一つ返事で答えました。


水「あ…オンくん…」
柳「笑った」

炎(やっと笑ったな)
炎「ボクたちは自己紹介した、お話した、
  ”ともだち”なんだからな!」


  エンは僕に手を差し伸べてくれました。
  エンは僕の光。
  空っぽだった僕の部屋に射した一筋の光。

音「ともだち…僕の…”ともだち”
  …はい!」

  ともだち。
  僕の運命を変えた、大切なもの。

___________________

     ザッ

 耳に響く狂音が突然中和された。
 横には幼なじみの”如月 音(きさらぎ・おん)”が立っていた。

炎「オン…?
  お前…その光は…」


朔夜「オンくん…?
    目覚めちゃったんだね…」


 エンとサクヤは驚いていた。
 今ここにオンが現れたことにも勿論驚いていたが、
 オレンジ色に輝くその姿にもまた驚いていた。

音「遅くなりました、エン」

  僕はやっと手を差し出すことが出来ました。
  いつも助けてくれた大事な友達に。

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■■■小説版『魔法剣・壱』第4話「如月 音-Kisaragi On-」
2008/04/28 Mon小説版「魔法剣・壱」
小説版『魔法剣・壱』
第4話「如月 音-Kisaragi On-」
『魔法剣・壱』第4話「如月 音-Kisaragi On-」

    どさ

音「ふぅ、
  危なかったです」

 間一髪。
 走り込んで抱きとめ、助けたのは声をかけたオンだった。
 もし声をかけなかったら…
 気付くことがなかったら…
 足を踏み外して大怪我をしていたかもしれない。

ぴあの「////////」

音「あの…大丈夫でしたか?」

ぴあの「あ……はい…」

 あまりの驚きと、
 自分でもわからない感情に声が出なかったが、
 何とか出せたのは小さな返事だけだった。
__________

ぴあの「本当にありがとうございましたっ!」

 先程階段から落ちそうになったところを助けた少年・オンは
 その少女・ぴあのと一緒に昇降口の前まで移動していた。

音「無事で何よりです」

2008012501

ぴあの「ん?
     音楽…好きなんですか?」

 ぴあのは微笑むオンの手に握られている楽譜に目を奪われた。
 音楽が好きなぴあのにとって、楽譜に反応しないわけにはいかない。
 ただ、オンが音楽が好きかどうかまでは分からないため、
 無難に質問した。

音「え、あぁ…
  はぃ。大好きです」

ぴあの「わたしも!
    私も…音楽…大好きです!」

 なんとなく、そうだったらいいな…
 その期待一心での質問だったが、
 ぴあのの予感は的中した。
 これは喜ばずにはいられなかった。

音「嬉しいです。
  音楽が好きな友達が出来て」

ぴあの「ともだち…」

 ”ともだち”。
 ぴあののこれからにおいて、
 この言葉はとても大きく意味のあるものになるとは
 この時点では誰にもわからない。
 勿論、その言葉を発したオンにも、
 そしてぴあの本人にも…。

音「どうしました?」

ぴあの「あ…はい…
    そうですね…」

 少しびっくりしながら、
 とりあえず、慌てて返事した。

音「僕は”如月 音(きさらぎ・おん)”
  音楽の音と書いて”おん”と読みます」

ぴあの「お名前も音楽に関係してるんですね♪素敵です♪
    でも、私だって負けてませんよ!
    私の名前は”結月ぴあの(ゆいづき・ぴあの)”
    結ぶ月に”ぴあの”。
    ぴあのはひらがなで書きます」

 二人の自己紹介。
 少し不思議な自己紹介。
 二人ともが音楽に関係した名前だったからだ。

音「ぴあの…
  とても綺麗な響きです…
  何故でしょうか…少し心が落ち着いた気がします」

ぴあの「えへへ〜♪
    ピアノの旋律は人の心に安らぎを与えてくれます。
    あ!そだ…
    私そろそろ帰らなきゃ!」

音「そうですか…せっかくお会いできたのに…
  少し残念ですが…
  またどこかでお会い出来たら嬉しいですね」

ぴあの「はい♪
    ではでは〜」

 あまりに急な、誤魔化すかような言葉だった。
 ぴあのは用事があるのか、大慌てでその場から消えた。
 オンとの会話は、ぴあのにとっての短い幸せの時間だった。
 オンにとっても、今までに感じたことのない不思議な感覚だった。

ぴあの「ふぅ…危ない危ない…そろそろ時間だもんね〜
    …如月 音さん…素敵な人だったぁ〜
    えへへ〜また会えるかな〜♪」

 オンの元を離れて、昇降口を出て、すぐの角を曲がったところ
 ぴあのはオンを思い浮かべてニヤニヤしていた…
 でもどこか寂しそうな不思議な表情で…
 __________

柳「大きくなってね〜
  …こっちはもう少しで咲きそう」

 学園の中にあるフラワーガーデン。
 水道から温厚設備、
 普通では考えられないくらいに植物を育てるための環境を、
 完璧と言えるまでに備えた月星学園のフラワーガーデン。
 華道部に所属するヤナは、この大きなガーデンで
 植物の世話をしているところだ。
 
女生徒「弥生さん、
    ここは任せちゃって平気〜?」

 幼稚舎から大学、専門まで備わっているこの学園都市だが、
 植物の世話は中等部と高等部に任せている。
 勿論、小等部や他の生徒にも世話は許されているが、
 責任は中、高等部に任せている。

柳「はぃ
  水巻きももうすぐ終わりますから」

女生徒「ごめんね〜
    今度代わるね」

 高等部の先輩に戸締りを任されたヤナは、
 笑顔で先輩を見送った。

柳「はぃ」

 フラワーガーデンの隣に位置する温室の鍵も締めて、
 部活の作業は全て終了した。
 鍵は金属やそれらの類の物ではなく、
 カードと暗証番号によるものだ。
 自由な校風でもある月星学園は、
 一般の学校とは大きく変わったところは少なく、
 以前一般的に”不良”と呼ばれる生徒が、
 いたずら半分で花壇を荒らしてしまったことがあった。
 それから厳重なロックシステムが付けられた。
 …しかし、その花壇荒らしの犯人は数年経過した今でも分かっていない。

柳「終わりっと…
  こっちは明日手入れしないといけないかな…」

 この日は部活に出席した人数が少なく、
 温室の手入れまでは手が回らなかったのだ。

陸「本当に大丈夫か?」

柳「?」

 鍵を締めたところで、少し離れた場所から男性の声がした。

空「お兄ちゃんは心配しすぎだよ
  ほ〜ら、部活頑張ってきなさい!」

 もう一人の声は女の子。
 どうやら会話から察するに兄妹らしい。

陸「あ、あぁ…」

空「ほら、走る!
  もぅ…心配性なんだから…
  あれ…無理しすぎた?…かな…」

 気になったわけではない。
 何故か、ぼ〜っとその二人を見ていた。
 兄?が走り去ったその直後、
 妹が突然ふらついた。

柳「あっ」

   ドサッ

柳「良かった…間に合った…」

 倒れる前に抱きとめることが出来た。

空「んん…あれ…
  ありがとう…ございます…」

 咄嗟だった。無意識だった。
 身体が弱いヤナにとって、驚くべき行動だった。

柳「いいえ、怪我なくて良かったです」

空「えと…弥生さん?」

柳「あ…神無月さん?」

 ヤナが助けた少女…
 それは、同じクラスの女生徒だった。
__________

炎「今日の案内はこの辺にしとくか…」

 オレンジ色の暖かくも、風の冷たさをも感じさせる夕陽をバックに
 放課後もそろそろ良い頃合で、寮に戻る生徒もちらほら見え始めた頃、
 エンは学園案内の終わりを告げた。
 と言っても、まだ案内は半分近く残っているのだが。

水「そうね…
  まだ半分近くはあるものね」

 エンとそのバックの夕陽を眺めながら、
 少し半笑いで答えた。

高海「もうすっかり夕方ですね」

 同じように夕陽を見ながら高海は答えた。

ひより「ありがとう…
    案内してくれて…」

炎「うぉ…」

ひより「な、なによ…」

炎「素直に礼言うもんだからさ…」

 会って間もないが、
 すっかり打ち解けていたエンはひよりをからかうのが楽しいらしい。
 ひよりも分かっていながら、エンのからかいに反応してしまうらしい。

ひより「睦月〜!」

炎「わわっ!冗談だって!
  怒るなって!
  星月!なんとかしてくれ!」

 さすがに頭に来たのか、
 それともわざと切れて見せているのか、
 どこか笑いながらエンを追いかけ始めた。
 驚いたエンは、
 スイとサクヤの周りを逃げ回りながらサクヤに助けを求めた。

朔夜「自業自得だよ〜」

 当然却下。

水「もぅ…
  私少し部活に顔出してから行くわ
  ねぇエン、一緒に帰りましょ?」

 そんなエンをやっぱり半笑いで眺めながら
 めずらしくスイから一緒に帰ろうと誘ってきた。
 この時のスイには、まだ特別な意識を持っての誘いではなかった。

炎「お、おぅ」

 ひよりから逃げながら、なんとなくスイを見ながら
 とりあえずそう返事した。

朔夜「スイちゃん、
   私も一緒していい?」

水「勿論よ、
  遠慮する必要なんてないわよ、朔夜」

炎「そうだぞ…
  ってか…帰るのオレの家だろ…お前」

水「そうよ」

 そこにサクヤが一緒に帰りたいと申し出てきた。
 断わる理由は無いし、そもそもその気もないエンとスイは
 勿論と答えた。

朔夜「そか…そうだね…
   すまんなさいっ」

 これはサクヤなりの照れ隠しでもある。
 でもわざとでもなんでもなくて、
 素でそんな変な言葉が出てきたのだ。

炎「なんだよ、
  すまんなんさいって」

朔夜「”すまん”と”ごめんなんさい”が合体したんだよ!」

 聞きなれないその言葉にエンは突っ込みを入れた。
 言い訳でもするかのように合体したと答えるサクヤ。
 このおかしな言い訳はエンとスイを笑わせていた。

炎「わはは」
水「くす」

ひより「そか…同棲か…」

 そこに今まで黙っていたひよりが突然、
 しかもからかうエンにお返しでもするかのような言葉を吐いた。

炎「違うっ!」
水「違うわっ!」
朔夜「当たりっ!」

 すかさずエンは突っ込みを入れた。
 だが不思議なことに、エン以外の二人も、
 エンと全く同じタイミングで突っ込んでいた。
 その突っ込みはあまりに可笑しいものだった。
 スイはその同棲と言う言葉を否定するかのような…
 サクヤはその同棲お言うことばを肯定するかのような…

ひより「即答っ」
高海「おぉ…
   息ぴったり!」

炎「オレは否定で良いとしてだ…
  スイの否定と、星月の肯定は意味がわからん」

水「そ、そうね…」

 スイはエンの冷静な言葉に、
 なぜそんな言葉が出たのか悩みながら曖昧に答えた。

朔夜「えぇ〜!
   同棲じゃんっ!」

 サクヤはサクヤで、え?違うの?と言わんばかりに少し怒り気味に答える。
 勿論冗談交じりだが。

炎「母さんが居るだろっ!」

朔夜「お〜…すまんなさいっ」

 エンの怒鳴りになっとくして、
 さっきの変な謝罪の言葉が出た。

炎「あはは」
水「ふふふ」
ひより「くすくす」
高海「あはは」
朔夜「えへへ」

 そんな変な会話をしていた5人は、
 ただただ笑った。
__________

音「今日はこの辺にしましょうか…
  楽器は元の場所に戻しておいてください」

 放課後。
 部活動で音楽室に来ていたオン。
 先程”結月ぴあの”と言う少女と別れてから、
 何故だか気になって、部活動に集中し切れなかったオンは、
 時間も頃合と判断し、部活動の終了を告げた。
 中等部での部長も務めるオンだが、
 成り上がりで部長に任命されたわけではない。
 音楽演奏の才能もさることながら、
 人を纏める才能も持ち合わせている。
 
少女女生徒「そうね〜」
女生徒「あ、ねぇ、みんなでどっかで寄って行かない?」
女生徒「みなとみらいのワールドポーターズで良くない?」
男子生徒「横浜駅もアリじゃね?」
男子生徒「ポーターズのマックで食おうぜ!」
女生徒「んで、映画も行こうよ〜」
男子生徒「如月も行くだろ?」

 だがそんなオンにも一つだけ問題があった。

音「すみません…先程受け取った新しいヴァイオリン、
  チューニング済ませておきたいので…」

 男子生徒「あ…そか…
     じゃぁ、オレも残って手伝って…」

音「構いません、
  僕がやっておきますよ
  みなさんで楽しんで来てください」

男子生徒「え…あ…悪い…いいのか?」

音「えぇ」

男子生徒「…今度お返しするから」

音「えぇ、楽しみにしています」

 オンは心の底から他人に笑顔を見せない。
 心を開かない。

女子生徒「オンくんってさ…」
男子生徒「あぁ…睦月たち以外にあんまり笑顔見せないんだよな…」
女子生徒「同じ部活の仲間だし…
     もっといろいろ話せるといいんだけどね…」

 そう、エンたち幼なじみたちを除いては…。
__________

空「びっくりしたよ〜
  同じクラスの弥生さんに助けられるなんて」

 先程ヤナに助けられた少女が、
 倒れかけたとは思えない笑顔でヤナに話しかけた。

柳「私もびっくり…
  でも神無月さん…身体の方…」

 基本が大人しく、
 エンたち幼なじみ以外とまともに喋ることが少ないヤナは
 驚いて、少しビクビクしながら答えた。

空「空(くぅ)っ」

柳「え?」

 そのヤナの答えにその少女は小さく叫んだ。

空「名前、神無月 空(かんなづき・くぅ)
  だからクゥって呼んで♪」
2008012503

柳「あ…うん…
  クゥ…ちゃん…」

 自分の事を名前で呼んでほしいらしい。
 その強引さは幼なじみの一人・睦月 炎(むつき・えん)に似ている。
 スイと仲良くなるのも、オンと喋れるようになるのも、

 ヤナと誰かの関係はいつも自己紹介から始まっていた。
 しかしエンとの出会いは突然で、自己紹介らしい自己紹介もなかった。
 病弱なため学園に登校出来ることも少なかったヤナのために、
 学園で貰ったプリントや授業のノートを渡しにエンがヤナの家に通っていたことがあった。
 小等部に進級してすぐの頃だった。
 小等部1年生の出会いだった。
 エンはすでにヤナの名前を知っていた。
 
空「えへへ♪
  身体…そんなに気にすることじゃないよ〜
  小さい頃に突然発症して…病名分かんないって言われたけど
  普段は全然元気だもん」

 似ているとは言い過ぎかもしれないけど、
 どこか…運命にも似たものを感じたのだ。

柳「あのね…
  わたしも普段は平気だけど…
  身体弱いから…」

 クゥはヤナと同じ病弱体質らしい。
 その証拠にヤナも含めて、
 座ったベンチから立てないでいた。

空「そっか…
  それじゃ私たち仲間だね、ヤナちゃん」

柳「???」

空「病弱同盟結成〜」

 その勢いで可笑しな同盟が作られた。
 この強引さ加減はやっぱりエンに似ていると感じた。

陸「クゥっ!
  さっき倒れたって聞い…」

 そこに、
 少し離れた場所から先程の男…お兄さんが走って来ていた。
 とは言え、ヤナもクゥも全く気付いてはいない。

柳「くすっ
  なにそれ〜」

 クゥが提案したその同盟の名前が面白かったのか、
 ごく自然に、なんの抵抗もなく、
 クゥに対して笑えていた。

空「あ〜笑ったな〜!」

陸「クゥ…が…笑ってる…
  家族以外の人の前で笑ってる…くす…
  不思議な娘だな…あの娘」

 ヤナの笑顔も驚くべきことなのだが、
 そのお兄さんにとっては妹のクゥが笑っていることが驚きだった。
 兄はクゥの笑顔が嬉しくて…でもヤナの笑顔も気になっていた。
__________

ひより「じゃ、私たちは帰るわ」

 案内も終わり、ひよりは帰ることにした。
 勿論高海も一緒にだ。

高海「学園の案内ありがとうございました
   明日の続きを楽しみにしています」

炎「おぅ、またな」
水「ばいばい」
朔夜「スィ〜ユ〜」

 3人それぞれがひよりと高海に別れを告げた。
 少しあっけない別れ方だったかもしれない。
 でもたった一日で打ち解けた5人には
 深い別れはいらないのかもしれない。

水「それじゃちょっと部活に顔出してくるわ
  部活のスケジュールの確認だけだから
  下駄箱のところで待ってて〜」

 スイが肩に掛けていたリュックを「よいしょ」と掛け直し、
 そう告げると、部活棟がある方向へ走りだした。

炎「お〜ぅ」
朔夜「は〜ぃ」

 二人はスイにそう返事した。

 エンたちと別れて、少し離れた場所、校門のあたり。
 分かれてから沈黙を保っていたひよりが口を開いた。

ひより「ねぇ、アキ…」

高海「はぃ、なんです?」

ひより「”またな”って…
    いい言葉だね」
2008012502

 ひよりはエンの小さなその一言を
 心の中で何度も繰り返していた。
 人には言えないが、今まで仕事の関係で高海と共に
 何度も転校を繰り返していた。
 友達になれそうになっても、友達になったことはない。
 だから、その当たり前の一言が、
 ひよりの中で大きくなっていた。

高海「…えぇ…
   そうですね…」

 そうやって自然に思ったことを口にするひよりを見て、
 微笑みながら答えた。

ひより「これが…”ともだち”って…
    ことなのかな」

 初めてだからよくわからないが、
 その初めての感覚、言葉に、
 歩きながら、自然に笑っていた。
__________

 月星学園の屋上。
 一人の少女が、普通の人間では立てないような場所に立っていた。
 その少女は先程オンと別れた”結月ぴあの”だった。

ぴあの「(オンさん…もう帰ったかな…)
    よし!
    さぁ、始めるよ〜
    残ってる生徒さんごめんなさいっ!
    なるべくチカラ弱めるから…
    少しだけ我慢してね!」

 ぴあのの言葉は少し不思議だった。
 だがぴあののその言葉は何故か気持ちを不安にさせる気がした。

 目を瞑り、
 深呼吸して、
 祈るような、そんな装いでゆっくり手を前に出し、
 その空中でピアノを弾くポーズを取った。
 そして何もない空中で透明のピアノを弾きだした。

     キィィィィィィン…
__________

朔夜「スイちゃんてさ…
   部活何やってるの?」
 
 もうすっかり、敬語なんて出もしない二人。
 初めて会った時からそうだった。
 エンは最初から気になんてしてはいない。
 サクヤはスイについてエンに質問した。

炎「水泳部」

 水泳部。
 今でこそ楽しんでいるが、
 スイは最初水泳部に入ることを拒んでいた。
 今現在スイが水泳部で、新記録を出し続けているのは
 全てエンのおかげだった。

朔夜「すご〜い!
   今度観に行きたいっ!」

 素直に、ただ素直にスイが泳ぐところを見たいと思った。

炎「あぁ、あいつも喜ぶ」

 それが分かったからエンもそう答えた。

朔夜「水ちゃん可愛いから
   水着姿もすごく綺麗なんだろうな〜」

 ここでサクヤはエンをからかいにかかった。

炎「…かもな」

 別にスイを意識したわけじゃない。
 たまたま顔を横に逸らしただけ。

朔夜「あぁ!
   顔赤くなってる〜」

 それが逆にサクヤにからかう言葉を与えてしまった。

炎「はぁっ!?
  な、なってねぇよ!」

 またこれにエンが本気で否定した。

朔夜「なってるよ〜」

 からかうのを止めようとしないサクヤ。

炎、朔夜「ぷっ…あはははははははは」

水「あ、エン!
  …あれ…エン…?」

 そんな他愛ない、変哲もない会話をしていると、
 部室から戻ってきたスイが遠くからエンの名前を呼ぼうとした。
 でもエンをよく知るスイにとって、何故だかははっきりしないが
 違和感を感じた。
 
水「エンが…笑ってる…
  あのエンが…心から…」

 エンが笑っていた。
 エンの姉・シンクの死から心を閉ざし、
 仲間の支えでようやく心を開いても
 心の底から笑うことがなかったエンが今、
 サクヤと言う少女の前で、
 大きく笑っていた。
 しかし、エンが心から笑っていないと知っているのはスイとエンの母だけだった。

女子生徒「ねぇ、あれ睦月くん?」
男子生徒「だよな?
     あいつ、笑えるんじゃん」
男子生徒「え?あいつ笑ってるだろ?
     スイちゃんたちと一緒の時とか」
女子生徒「でもさ、あんなに大きく笑ってる?
     なんか付き合いとかじゃなくて
     本気で笑ってるって感じしない?」
女子生徒「スイちゃんたちと一緒に居る時は普通に笑ってるからいいんじゃない?」
男子生徒「今度スイちゃんに聞いてみよっか
     あいつ絶対本気で笑ってるって」

 エンが笑っているその光景は、
 エンを知る生徒に多少なり不思議な感覚のようだ。
 それでもやっぱり本気だと思っていた。

水「あれ…なにかしら…
   なんかとても不思議な感じ…胸が…苦しい…」
2008012504

 不思議な感覚。
 胸が締め付けられるような、例えようの無い感覚。
 今までエンが他の女の子と居る時には感じなかった少し不安な気持ち。
 スイはこの時はまだ気付いてはいない。
 これがスイにとっての”初恋”の始まりだと…。

     キィィィィィィィィィィィィィィィン

 その時だった。
 ぴあのの空中で弾いた旋律がはっきりと、
 頭の中に直接響いてきた。

水「きゃっ!」
炎「な!」
朔夜「あぅ!」

男子生徒「うわぁっ」
女子生徒「きゃぁぁ」

柳「きゃぁ…」
空「耳が…」

陸「なんだ…これ…」

音「これは…
  なんて酷い音でしょう…
  人を苦しめる音…」

 エンにもスイにも、サクヤにもヤナにもオンにも、
 この学園にいる生徒、教師含めた全員の頭に流れてきた。
 その旋律は綺麗なピアノの音ではあるが、
 例えようのない暗さ、悲しさ、切なさを感じさせた。
__________

ひより「これ…」

高海「”拾魔神(とうましん)”の一人…でしょうね…」

ひより「でも…”あいつ”じゃないわね」

高海「あいつの能力は”音”系ではないですしね」

 たまたまなのか、
 学園内にとどまり、
 校門の近くで、何をするわけでもなくその場に居た2人は
 その突然の音に驚きつつも、
 突然のことに慣れているのか、冷静に判断していた。
__________

鋼「そんな…もう二人目が来たの?」

 自称・姉を名乗る二人もその音を聞いていた。
 
氷「少し計算が狂ったわね…
  私たちの出番…以外と早くなるかもしれないわね」

鋼「そんなっ」

 氷の言葉から敵の能力者のことを知っていて、
 しかし、この展開は予想できないものだったようだ。

氷「これが事実なの…
  どの道わたしの計算なら
  二人目の敵の出現で
  こちら側も今日”二人目”が目覚めるわ」

 一つだけ予想できたことがあった。
 エンとは別に、新たな能力者の覚醒を向かえることだ。

鋼「そんな計算…不吉よ…」
__________

劉聖(るせい)「二人目に”音”系の能力者なんて…」

琉那(るな)「敵も少しは本気ってことだね…」

 生徒会とは別に存在する”魔法生徒会”。
 その”魔法生徒会”の生徒会室でエンたちを心配する謎の二人。

劉聖「ねぇ…琉那…加勢しちゃダメ?」

琉那「睦月くんたちのためだよ…
   本当にどうにもならなくまるまでは…ダメだ」

劉聖「そんな…睦月と水無月…あの二人には
   ”二度目”は無いんだよ…」

琉那「分かってるよ…
   それでもだ…劉聖…」

劉聖「はぃ…」

 何故そこまで、心配し、そして背中を押そうとするのか。
 ただはっきり分かるのは、この二人がエンたちの前に現れるのは
 そんなに遠くないということだ。
__________

炎「なんだ…これ…
  頭に直接…何かが流れて…くる…」

 膝を廊下に着けて、立とうにも立ち上がれないエン。

水「く…エン…」

 少し離れた位置で同じように蹲る形に近いかっこうでエンを呼ぶスイ。

朔夜「なんとかしてみる!」

 この状況を脱するため、
 サクヤが先日発動させた能力を使おうと、
 拳にチカラを集中させ、瞳を閉じた。

炎「やめろっ!
  ここで能力は使うなっ!」

 エンが叫んだ。
 この時、エン脳裏には幼いエンとスイが移っていた。
 幼いエンとスイは血だらけだった。
2008012505

朔夜「エン…くん?」

 エンは直後にサクヤに能力を使わせないように止めた。

朔夜「でもっ!
   こんなの…私が見て来た”12の世界”にはない…」

 その必死なサクヤに驚いた。
 でも、エンの中でどこか引っ掛かっっていたのはそれだけではない。
 サクヤが口にした”12の世界”と言う言葉だった。

炎「???
  オレたちの能力を見たのはスイだけじゃないんだ…
  他の生徒が見たら恐がっちまうだろ…」

 まただ。
 またも幼いエンとスイが頭の中で去来した。
 今度は泣きながら抱き合う幼いエンとスイだった。

朔夜「そ…か…うん…
   でも…じゃぁ…どうしたら…」

 エン自体は先日能力者として覚醒しており、
 戦うことによって起こる惨劇も理解しているからこそ、
 学園内での戦闘を止めた。
 そして朔夜も北校での出来事が去来していた。
__________

音「この音…どこで紡いでいるんでしょう…
  似ている…先日のカゲロウさんから感じた音に…
  これは…敵?…”拾魔神”?」

 自分でもはっきり分かったわけではない。
 オンは耳に響く大きな音から、
 小さなものなら100メートル離れた場所の音でも聞くことが出来る
 そんな少し特異な体質をしている。
 だからこそ音に関することに敏感で、
 だからこそ音楽も好きで、
 だからこそ音楽を好きになりきれない。

ぴあの「そっか…
    学園の中じゃ目立つから能力も使えないよね…
    失敗したかな…
    第2弾…鼓動を聞いて確かめるよ〜
    聞かせて…まだ新しい…目覚めたばかりの能力の鼓動…」

 相手が自分の存在にすぐに気付き、
 能力を使って牽制の一つでもしかけてくるかと踏んでいたぴあのだが、
 自分以外の一般の能力者のために能力を使わないことに驚いた。
__________

炎(みんなに分かんないように…
  そっと…そう…この感覚だ…
  温かい…火のチカラ…)

 ぴあのの考え通り、そしてサクヤを止めたエンだが、
 自分日一人に注意を引き付けてスイやサクヤを含めた生徒たちに分からないように
 身体の中でそっと”火”の能力を発動させた。
 
朔夜(エンくん…
   ”13コ目の世界”でもやっぱりエンくんはエンくんだね…
   誰かのためにいつも自分を犠牲にする…
   だから私も…)

 すぐ隣にいるサクヤはわかっていた。
 自分を止めたのは自分を戦わせないため。
 誰かを守るためなら、自分を犠牲にしてしまうエン。
 だから、そんなエンを守りたいから、
 サクヤもそっと心の中で能力を発動させた。
 __________

ぴあの「ありゃりゃ?
    これは予想外だ
    ”火”の能力の人…とても…とても優しい人だね
    自分から居場所を教えてくれた」

 空中のピアノを弾きながらこれまた予想外の行動に驚いた。
 他人のために自分が犠牲になろうとしているのだ。

陽炎「”睦月 炎(むつき・えん)”だ…」

 いつの間にか隣に先程別れたカゲロウがいた。
 そして、その自分を犠牲にしようとしている能力者の名前を口にした。

ぴあの「カゲロウさん?
    この温かい鼓動の人…
    エンさんって言うんだ…」

 命令だから、
 逆らえないから仕方なく従っている。
 だから本当は戦いなんてしたくない。
 そんな中で、自分を犠牲にする存在と出会えた。

陽炎「俺の弟みたいなやつだ」

 カゲロウが幼い頃。
 エンが幼い頃。
 血の繋がった本当の兄弟のように仲が良かった、
 エンの兄のような人。

ぴあの「カゲロウさん…
    大丈夫です、傷付けたりしないですよ…
    私の目的はカゲロウさんと一緒のつもりです
    でも”拾魔神”としてはもう一人覚醒させなきゃいけない…
    良いんですよね?」

 ”拾魔神”の一人、
 しかし戦うことは好まない。
 それでも逆らうことは出来ない。

陽炎「あぁ…」

ぴあの「ホントはこんなこと…
    では…
    本気も〜ど!」

     キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
__________

音「音が変わった…?
  これは他の人に害はないみたいですね…
  だとすると、目的としている相手にのみ
  集中して聞かせている?
  相手は…能力が使えるエン…かもしれませんね…
  はっきりは分かりませんが…やってみましょうか…
  この音を辿れば…
  静かに…相手の鼓動だけを聞いて…
  その音だけを追って…
  エン…僕は…
  少しでも手助けが出来るでしょうか…
  あなたの戦いの…目的の…
  あなたの”ともだち”として…」

 音の大小は幼い頃からずっと聞いて慣れている。
 だから今更そんな些細なことは関係ない。
 逆にこの聞こえる音の元を辿れば、
 音を出している人物にあたるかもしれない。
 誰のためでもない。
 たった一人の心を許せる”ともだち”のために。
 自分に居場所をくれたエンのために。

炎(ばぁ〜かっ!)

 オンは思い出していた。
 エンと”ともだち”になったあの日のことを。

音(え?)

炎(ボクたちはもう”ともだち”だ)

音(ともだち?)

炎(うんっ!
  自己紹介した、お話した、だからもう”ともだち”だ!)

音(ともだち…僕の…”ともだち”)
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■■■小説版『魔法剣・壱』第3話「支えてくれる人たち」。
2007/12/26 Wed小説版「魔法剣・壱」
小説版『魔法剣・壱』

第3話「支えてくれる人たち」


小説版「魔法剣・壱」←こちらから前回までのお話が読めます。
     キーンコーンカーンコーン

 朝のホームルームのチャイムと同時に入ってくるなり
 エンのクラスの担任が転校生の紹介を始めた。

担任「突然だが、転入生の紹介をする
   本当は昨日の時点で紹介できるはずだったんだが、急な転校だったために」

 その担任が紹介を始めた横であまりの偶然を目の当たりにしたエンたちが
 他愛のない会話を始めた。

 教室の窓側。
 後ろから2番目の席。

炎「なぁ、水…」

水「言いたいことはなんとなく分かるけど、言っていいわよ」

 スイの席は窓側から2列目、後ろから2番目のエン隣の席に座っている。
 オンはスイの席の一つ前の席に座っていて、
 ヤナはエンの一つ前の席だ。

担任「では星月、入れ」

 担任が一人目の転入生の名前を呼ぶ。

炎「偶然だか運命だかは知ったこっちゃないが…
  漫画やドラマじゃあるまいし…
  こりゃ出来すぎじゃないか?」

水「さすがに私も驚いてるわ…あるところにはあるものね…偶然や運命?」

 そう、まさに偶然や運命なんて言葉で例えたくなるくらい
 驚くべきことだった。
 突然の能力戦闘。
 そこに現れた少女。
 居候することになった少女。
 そして、同じクラス。
 全てが突然だからもう驚き疲れている。

音「でも、彼女にとっては良いことですよね
  一人でも知り合いがいるのなら」

柳「うん、そうだね」

 そんな少女ではあるが、
 少女にとっても驚くべきことであり、
 北海道から突然誰も知らない場所に来たこと…
 不安でいっぱいであろう。
 そんな少女の気持ちを気遣ってか、
 エンが一言だけ少女を含めた自分たちの関係を口にした。

炎「ともだち」

水「え?」

炎「あいつ含めて友達だろ?俺ら。
  だから問題ない」

水、音、柳「うん!」

 エンの当たり前だけど、
 真っ直ぐな言葉に3人は小さく返事をした。
 今はホームルーム中だから。

朔夜「月星学園・北校から転校してきました”星月朔夜”です。
   急な転校でいろいろ不安いっぱいですが、宜しくお願いします!」

 後ろの席でもよく聞こえるサクヤの声。
 エンはどこか微笑ましそうにそれを聞いていた。

炎「北校…?
  (後で聞いてみるか)」

担任「あと、もう二人転入生を紹介する、入れ」

 転入生の紹介が終わると思いきや、
 担任はもう二人の紹介を始める。
 ”月星学園”はエスカレーター式のマンモス校のため、
 外部からの転入生は珍しいことだった。
 増してや3人ともなると、この学園の誰もが驚くであろう。

柳「転校生だけでも珍しいのに
  その3人ともが同じクラスなんて…」

担任「では自己紹介を」
2007122401

ひより「ひよりです…本名は内緒の方向でお願いします」

 背丈は中学生…人によっては小学生とも思えてしまう小さな女の子。
 その女の子は、ちょこんとマイペースに短い自己紹介をした。

炎(小さいな…)

高海「ってこらこら!
   いくらなんでもわけわかんないですよ!」

 直後、女の子の自己紹介はもう一人の転入生の男性によって却下された。
 男性からすれば、突っ込まずにはいられなかったようだ。

 ひより「じゃ、高海ひよりで」

高海(今決めたなこの人…しかも俺の苗字…)

 唐突な漫才のような二人はどうやら知り合い同士らしい。
 その言動からそう理解できるが、
 親戚と言ってしまえば、お終いだが、
 兄妹と言うには同じ学年なわけがないし、
 だからと双子と呼べるほど似てもいない。

ひより「こいつとは親戚です」

高海「えと…高海秋也です…”アキ”って呼んでください」

水「随分とアバウトね…」

 アバウトではあるが、
 ひよりたちからしてみれば無難な挨拶なのだ。

担任「星月の席は睦月の後ろの席だ。
   高海ひよりは水無月の隣…そう、そこの空いてる席だ。
   高海秋也はその後ろだ。
   …ではホームルームはここまで
   クラス委員長の水無月と…あと睦月」

 無事に自己紹介を終え、席の案内も終え少し落ち着いたところで、
 担任がスイとエンを呼んだ。
 3人の転入生への学園案内だろう。

水「はい」

炎「やっぱ呼ばれるよな〜」

 やはり愚痴が出た。
 どうやら二人とも呼ばれることは察しが着いていたようで、
 エンはやはりかと少し呆れた返事をした。
 スイはクラス委員長を務める身であるため、
 担任に言われずともそうするつもりだった。
 もちろんこの場合もエンは付き添いでスイに呼ばれることになっていただろう。

担任「放課後校内を案内してやれ
   睦月は水無月の手助けをしてやれ」

水「はい」

炎「うぇ〜い」
__________

     キーンコーンカーンコーン

 本来なら昨日の時点で転入を済ませ、
 初日は始業式だけで終われるはずだったのだが、
 2日目の今日からは通常の授業が始まってしまっていた。
 よってサクヤにとっては緊張している余裕はあまりなかった。

朔夜「終わった〜!
   疲れたよ〜」

炎「だろうな…
  休み時間の度に質問攻めだったもんな」

 そんな余裕のない状況で転入生なら誰でも経験するであろう
 質問攻めに休み時間の度にあってしまい、
 頭がぐるぐる回っていた。
 当然ひよりやアキも同じ状況に巻き込まれていたが、
 どうやらいくつかに答えるだけで上手く逃げていたらしい。

朔夜「ここまでとは思わなかったよ〜」

水「エスカレーター形式の学園だから転校生が元々少ないのよ
  もうしばらくは続いちゃうかもしれないけど、頑張ってね」

朔夜「おうさ〜
   そだ!学園案内!行こう!楽しみにしてたんだよ」

 ここからはサクヤが楽しみにしていた学園案内。
 恐ろしく広い”月星学園”は
 放課後の少ない時間では、
 学生校舎の紹介だけで終わってしまうほどに広い。

水「えぇ。
  高海さんたちも行きましょう」

ひより「…うん」

高海「宜しくお願いします」

 スイとエンは3人の転入生を連れて生徒校舎を案内するために歩き出した。

朔夜「柳ちゃんたちも一緒に行けたらよかったのにね〜」

炎「二人とも部活だから仕方ないさ」

 ヤナもオンも一緒に回れたらよかったのだが、
 少々多人数になってしまうこともあったし
 たまたま2人は部活があったため回れないのだ。

水「放課後だけじゃあんまり回れないけれど…
  どこから案内しようかしら
  ねぇ、エン…?」

炎「……」

水「エン?」

 生徒校舎と言っても幼稚舎から小、中、高、大学と専門校舎まで複数あり、
 どこから回っても時間がかかる。
 そのためスイはエンにどこから回れば良いか訪ねてみた。
 スイはクラスで委員長を務めるほどにクラスメイトに信頼されているし、
 生徒会に誘われるほどに認められてもいる。
 だがいつもどこかで迷っているし
 エンとは幼い頃からの付き合いもあって
 意識してではないが
 こうしてエンに頼ってしまうところがある。

 そのエンは転入生の一人の少女をしかめっ面でまるで睨むように見ていた。
 
ひより「な、なによ…」

 相手の少女は当然どうすればよいかもわからず
 睨み返した。

炎「小さいな、お前…」

 突然。
 エンの口から出た一言は気を遣ってか、
 思っても口に出さなかった身長の低さについて、
 あっさりと、一言目にしてトドメの言葉を投げかけた。

ひより(カッチーン)

 どこかで何かが切れる音がした。
 ひよりのことをよく知る高海は実際に聞こえなくても、
 なんとなく聞こえた気がした。

高海「あ…」

水「エン!失礼よ」

 その高海の小さな一言を聞いて、
 やはりまずいと思ったスイはエンを一括した。

炎「あ、いや…
  うん…悪い…」

ひより「平気。言われ慣れてるから…
    それに変に気を使われるより全然いい」

高海「…」

 わかっていたのだろう。
 スイの一括ですぐに謝ったのだが、
 自分の気持ちには嘘を付けそうにない。

炎「そか…
  いや、うん、小さいなホント」

ひより「良いとは言ったけど連呼しないでよ」

 ひよりにしてみれば慣れてはいるだろう。
 でも誰だって嫌と思うことを連発されたくはない。

炎「悪い悪い」

ひより「頭撫でるな〜」

朔夜「私も〜」

ひより「増えた〜」

炎「わはは」

 この時だったかもしれない。
 エンは勿論、スイにとってもひよりにとっても
 サクヤにとっても…友達として
 自然に接することが初めて出来た瞬間だったのかもしれない。
 意識してではない。
 でもその空気を作ったのは間違いなくエンだった。

高海「……」

水「面白い…と言うか…不思議なやつでしょ…エン」

 不思議な存在と感じた高海はびっくりした表情でエンを見ていた。
 あまり他人に心を開くことのないひよりが感情だけではなく、それを言葉にしていたのだ。
 今だから普通に話し、微妙ながらも笑顔を作れるひよりだが、
 たったそれだけの会話と笑顔を交わすのに数年かかっていた。
 初めて会って、ちょっと会話しただけで、
 こうも簡単に感情を引き出せてしまう人が居るなんて思いもしなかった。

高海「水無月さん…
   えぇ、不思議な人ですね
   ひよりさんの感情をアッという間に引き出してしまうなんて…
   あんなに簡単に笑顔を出せてしまうなんて」

水「私には分からないけど…ひよりさんが背負ってる何かを
  感じ取ったんじゃないかしら…」

高海「え…」

水「あいつ、あんなに凄いのに、
  自分では全く気付いてないのよ
  あんなに凄い…強いやつなのに…」

高海「本当に…不思議な人ですね…」

水「ふふ。
  覚悟しておいた方がいいわ、
  エンに関わると毎日が劇的に変わるわ、きっと」

高海「楽しみにしています」

__________

 案内の順番を決めたエンたちは小等部の校舎に来ていた。

水「ここが小等部の校舎ね」

炎「お前、こっちの方が合ってるんじゃないか?」

 さっそくエンがひよりをからかいだしていた。
 一々反応するからエンも、からかわれているはずのひよりでさえも楽しんでいた。

ひより「むぅ…
    まだ”小さい”と言い足りない?」

炎「背だけじゃねぇだろ?小さいの」

ひより「ムツキ〜!」

高海「押さえてくださいよ、ひよりさん」

水「もぅ…」

 そんなまるで兄妹の様な二人を困りながらも笑って見守る高海とスイ。

朔夜「しっかし広いよね〜!
   さすが本校(東校)!
   北校とは全然違うね〜」

炎「そだ、お前北校出身って言ってたけど
  北海道にある兄弟校だよな?」

 突然のサクヤの発言にフッと思い出したエンが質問した。
 これがエンの姉・シンクに関わる質問などと、
 誰にもわかるはずがなかった。

朔夜「うん、札幌の端の方にあるんだけど
   ここ(本校)に比べたら小さいよ〜」

エン「そか」

水「小、中、高までのエスカレーター校って聞いてるけど」

朔夜「うん、場所も場所だし、周りに普通の学校も多いから
   そんなに生徒も多くないよ」

炎「北校…」

水「エン?」

 悔しいくらい分かってしまう。
 これに気付かなかったらどれだけ楽なのかって考えることもある。
 でも、エンの幼馴染だもん、逆に分からない方が問題よね。

炎「いや、気のせいだ」

水「そ?」

 そのエンが気のせいって言うなら深くは追求しないことにしている。
 今のエンにとってシンクちゃんの名前がちょっとでも出るかもしれない話題は
 なるべく避けておきたい。

ひより「ここは小、中、高だけじゃないよね?」

高海「来た時に生徒さんを数人見ましたけど、
   幼い子まで居ましたね」

水「えぇ。
  本校は幼稚園から小、中、高、大学に専門校まで備わっているの」

 「月星学園」の校舎は本当に大きい。
 近辺だけでなく、ほぼ全国に知られたその名前は、
 「月星」以外にも「学園都市」の名前でも呼ばれている。

高海「幼稚園から大学まで…
   どうりで年齢の幅が大きいわけですね」

水「1部の校門だけじゃ規模は分かりにくいと思うんだけど、
  全体図で見るとかなり大きいのよ、この学園」

 そう言いながら、スイは学生服の内ポケットにしまっていた学生手帳を取り出した。
 一般的な手帳と言うには少し違う気がするだろう。
 一般的に普及される学生手帳と違うのはそれが小型のノートパソコンの様にも見えるからだ。
 と言っても、そんなに便利な機能が備わっているわけではない。
 この「月星学園」の東校にしか普及されていないし、
 「学園都市」の地域から出ると、本当に生徒手帳としてしか機能しない。

 朔夜「うっわ…
   大きいで済まされないよ…」

 その手帳を開いて、端にある小さなボタンを人差し指で軽く押す。
 するとそこまで大きくはないが、立体映像で小さな学園が現れた。
 それを聞いてサクヤがさっそく一言上げた。

水「位置としては横浜みなとみらいに面した海の1部分を埋め立てて
  そこに大規模な学園都市と言っても良いものが作られたの」

 スイは説明しながら更に反対側の端のボタンを押して画像を変える。
 学園都市の全体図が現れた。

ひより(その目的は…)

水「いろいろ言われてるけど、
  数年おきに起きる学生殺人事件から生徒を守るために
  学生たちを一括で管理、守ることができる施設が必要だったって聞くわ」

 スイの説明を聞いていたひよりは
 エンにからかわれている時とは反対の真剣な恐い表情をしていた。

ひより(やはり間違いじゃない)

水「だから横浜の学生の4分の3くらいの人が集まってるんじゃないかしら」

朔夜「そのための学生寮でもあるんだ」

 横浜の半数以上の学生と言うのはとても大きいことだった。
 スイには大きくても、エンには小さいことの様だ。

水「うん」

高海「そういえば…6年前にも数人の死者、重軽傷者を出して、」

水「は、
  高海くん!それは」

 その何気ないスイの説明は今一番触れたくない話題へ移ってしまう。

高海「そして『一人の少女が行方不明に』なったと聞いてます…
   だからなんですね」

水「あ…」

 エンにとって、わたしにとって、シンクちゃんを知る人たちみんなにとって、
 触れたくないこと。

炎「……」

水「エン…」

朔夜「エンくん、どうしたの?
   具合でも悪い?
   (…もしかしてお姉さんのこと…?)」

 分かっているから避けていたけど、
 逃げ切ることは出来ないと知らされる。
 サクヤもどこか理解があるのだろうか、暗い表情だった。

高海「あれ…
   もしかして俺なんか余計なこと言って…」

ひより「みたい」

炎「気にすんな…
  あんたは悪くないから…」

 しかし、驚いたことに暗い空気はエン本人によって払われた。
 更にその暗闇に射す光が3つ。

かのと「あ!エンちゃんだぁ〜!」

水「え?
  あ、かのと!」

 小等部の知り合い。
 幼なじみでもある3つ年下で
 ”神威陽炎(かむい・かげろう)”の実の妹、
 ”神威瑠璃(かむい・るり)”と、
 ルリを通じて知り合った仲良しな友達。

かのと「久々だね〜!
    よっこらせ!」

 走ってきて、そのままエンに飛びついたのは”和槌かのと”。

炎「わっバカ!乗っかるな!」

 少し大きめのツインテールが特徴で、
 少しわがままな、元気が取り得の明るいを超えた女の子。

朔夜(いつものエンくんに戻った
   3人とも相変わらず元気だなぁ〜)

 その娘たちの登場でいつものエンに戻ったことを確認したサクヤは
 心から安心していた。

かのん「こんにちわ、エンさん」

 いつの間にかエンの横に現れたのは、
 年齢のわりに落ち着いた雰囲気を持ち、
 でもどこかポワポワした感じを受ける少女・”倉科かのん”。
 彼女はエンの家の敷地内にある”喫茶店「Kanon」”の店主の一人娘である。

炎「お前も気配なくして出てくるなよかのん…
  あとそこ!全然隠れられてないからな!瑠璃!」

瑠璃「わ!わ!バレてる」

 少し離れた階段へ続く曲がり角からひょこっと小さく顔を出している少女に
 エンは声をかけた。彼女が”神威瑠璃(かむい・るり)”。

水「こんにちわ、かのんちゃん、瑠璃ちゃん
  仲良し3人揃ったわね」

朔夜「かっわいぃ〜!」

 サクヤの反応も納得できるほど、
 その3人の女の子はテレビに出る子役と言えるほどに可愛いのだ。

かのと「んにゃ?」

かのん「転入生さんですか?」

 見慣れぬ面々を見て、かのとが首をかしげ、
 かのんが質問した。
 まるで双子のようにそっくりなこの二人は
 何をするの時もいつも一緒で、阿吽の呼吸とは良く言ったものだが、
 そのくらいに二人のテンポが良い。

水「えぇ。
  今日から転入してきた星月朔夜さん」

朔夜「よろしく〜」

水「高海ひよりさん」

ひより「ども」

水「高海秋也さん」

高海「よろしくお願いしますね」

かのん「倉科かのんです。エンさんの家のすぐ近くの喫茶店をやっています」

かのと「和槌かのとで〜す!元気がとりえの可愛い女の子!」

瑠璃「神威瑠璃です。えと、よろしくお願いします」

 それぞれが軽い自己紹介を終えた。
 みんな笑顔だった。
 だが小等部の一人・かのんだけ、
 すぐに表情を変えていた。

炎「こら離れろ!かのと!
  って、かのんまでなにやってるんだ?」

 いつまでもはなれようとしないかのとを軽く叱咤する。
 気付いたらかのんまで腕に絡んでいる。
2007122402

かのん「エンさんの表情が恐かったので、解(ほぐ)そうかと思いまして」
   「エンさん…今日この先起こることに対して…なるべく能力は使わないでください」

 二言目。
 小さな声で、かのんは助言した。
 何故能力のことを知っているのか…
 考えてもわからないことだが、
 かのんのその意味深な助言はかなりの確立で当たることを知っていたエンは
 ただ黙って聞いていた。

炎「かのん…?」

かのん「えへへ〜」

 かのんが笑顔でごまかしたので、
 エンもそのことには触れないでおくことにした。

炎「ったく…ほら、
  充分元に戻ったから!」

かのと「うん、安心だね〜!」

かのん「では、そろそろ帰りますね」

 エンが軽く笑ったのを見て、かのととかのんはエンからようやく離れた。

瑠璃「あ、あのエンちゃん!」

 変わりに近付いてきたのはルリだった。

炎「ん?どした?」

瑠璃「昨日…お兄ちゃんが…」

 あったことをそのまま聞かされたかどうかは分からないが、
 どうやらカゲロウとのことを耳にしたらしい。

炎「気にすんな
  何でもないから、な?」

 変な心配をさせまいと、そう答えて、
 ルリの頭を撫でた。

瑠璃「うん…」

炎「かのん!帰ったらお店手伝うから!」

 少し歩いて、離れた場所に居たかのんの名前を呼び止めた。

かのん「平気ですか?
    昨日大変だったと聞きましたけど」

炎「問題ないさ」

かのん「ではお願いします。
    実は今日人手不足で…」

 喫茶店「Kanon」は大きなお店ではなく、
 アルバイトもそこまで多く雇っていない。
 そのためすぐ近くに住んでいるエンとスイは、
 時々「Kanon」を手伝っているのだ。

炎「わかった」

水「私も行けると思うわ」

かのん「本当ですか?
    お二人が来てくださると助かります」

__________

ぴあの「陽炎さんがここの生徒さんで助かったよ〜
    居るんでしょ?昨日覚醒した”炎の能力者”」

 エンたちが校内を回っている頃、
 中等部の校門の前に、一人の少女と、
 その隣にはカゲロウが立っていた。

陽炎「……
   大学に行ってくる」

 突然歩き出したカゲロウに少女は困惑した。

ぴあの「サポートは?
    それにこの制服だと…」

陽炎「君の能力があれば何も問題はないだろ?
   動くなら能力を使わずとも許可証がある
   …それに君は”拾魔神”の一人だ」

 その少女を信頼しているのだろうか、
 カゲロウはそう告げると、
 そのまま中等部の校門を出て行ってしまった。

ぴあの「あ・・・はい!」

 一瞬何を言われたか理解できなかったが、
 自分に期待してくれているのだと分かり、
 大きく返事した。
 少女の名前は”結月ぴあの(ゆいづき・ぴあの)”。
 謎に包まれてはいるが、明るく、素直な中学生である。
 制服が違うところを観ると、
 「月星学園」の生徒ではないらしい。

__________

ひより「ここが高等部棟…」

 エンたちは高等部の校舎に来ていた。

炎「さて…そろそろ…」

水「来るわね」

 だが、何かを悟ったエンとスイは少し眉を顰めながら
 その予感に微妙な笑顔を作った。

朔夜(これも懐かしいなぁ)

鋼「エ〜ンちゃ〜ん!」

 遠くから一人の少女の声がした。
 しかもかなり大きい。
 近くの生徒は揃えてそちらに顔を向けた。

炎「あぁ…あんなに遠くから…」

 その状況を見て頭を抱えるエンとスイ。
 その直後、ま隣で小さな声がした。

氷「最近反応が薄くて悲しいわ…」

朔夜「わわっ」

水「今日はこっちから」

ひより「…忍者?」

高海「それはどうかと…」

 突然現れた小さな上級生にサクヤは驚いた。
 慣れているはずのスイも驚き、
 ひよりはおかしな反応をし、
 そのひよりに軽く突っ込みを入れる高海。

鋼「はぁ、はぁ、はぁ…
  氷ちゃん…は、早い…」

 そして先ほど遠くから大声で呼んでいた女生徒が
 ようやくエンたちの前まで走ってきた。
 名前は”卯月 鋼(うづき・はがね)”。
 高等部3年生で、”卯月コンツェルン”の社長令嬢。
 その肩書きに反して、かなりの自由人で、
 兄を二人を持ってはいるが、
 叔父の影響もあってか、
 何かを”作る”ことが大好きな女の子である。

炎「そんなに息切らせるくらいなら走るなよ、はがね姉ちゃん」

鋼「バカ!昨日のこと命(みこと)さんから聞いたよ!」

 開口一番怒鳴られた。
 どうやらエンの母・ミコトに昨日のことを聞いたらしい。

氷「ケガ…はしてない…?」

 すると、エンの腕を掴んで心配そうにエンの顔を覗いた。
 彼女も高等部で1年生の生徒。
 身体はとても小さいが、
 学園開校以来の天才少女で、
 能力者で構成された少数精鋭の”魔法生徒会”のメンバーでもある。
 ”魔法生徒会”のメンバーの証は誰の目にも明らかで、
 学生服が赤で構成されている。
 さらに肩にはケープの様なものをかけている。
 生徒によって個人差はあるものの、
 男子はマント、女子はケープを付けている。

炎「平気だって…心配すんなよ」

鋼「心配させてよ…私たちは…
  ”本物”にはなれないけど」

氷「エンの”お姉さん”なんだから…」

 エンの言葉は否定された。
 エンにとっては先輩で、でも頼れる存在だが、
 少女二人にとっては、エンは”弟”なのだ。
 血が繋がっていなくても、
 絆で結ばれた姉弟なのだ。

炎「…悪かったよ…
  連絡一本するべきでした!」

 だからエンは昨日のことを隠していたことを
 素直に謝った。

鋼「わかればよろしい!
  世話のかかる弟くんだ、うん」

氷「それじゃねエン
  私たちは研究に戻るわ」

 エンの言葉に納得した二人は、
 かなり忙しい様で、
 腕でゴメンと謝りながら、急ぎ足で部室に戻って行った。

ひより「台風みたいな人たち」

朔夜「もっと凄いこともあるんだよ♪」

 ひよりは唖然としながら感想を述べたが、
 その直後、
 サクヤがまるでハガネたちを知っているかの様な発言をした。

炎、水「え?」

朔夜(は!やば!)
  「でしょ?なんとなくそんな気がするの」

 当然、エンもスイも驚いた。
 でもサクヤはなんとか誤魔化した。

炎「あぁ、こんなの序の口」

水「抱きついてくることもあるもんね」

炎「あれはさすがに恥ずかしいもんな〜」

 とくに不思議に思わなかったのか、
 エンもスイもそのまま会話を続けている。
 どうやら誤魔化しに成功したらしい。

朔夜(あぶないあぶない…
   やっぱ難しいね…)

__________

鋼「良かった…
  カゲロウさん手加減でもしたのかな?」

 部室の中。
 エンとカゲロウの戦いに疑問を感じた二人の義姉。

氷「それは多分あの人の力で完治させたんだと思うわ…
  戦闘があって、エン以外の人も無傷は不自然よ」

 あの人。
 誰なのかはわからないが、
 どうやら二人はその”あの人”をとても信頼しているらしい。

 鋼「そうね…
  もう一人の娘…」

氷「あの娘が”星月朔夜”ね…」

 そして引っ掛かる名前。
__________

ぴあの「迷子の迷子のうさぎちゃん〜
    あなたのさがしも〜のなんですか?」

 中等部の廊下。
 先ほど校門に居た少女が、呑気な歌を歌いながらリズムよく歩いている。

女生徒「ねぇ、あの娘可愛いね」
   「ここの娘じゃないよね、制服違うし」
   「転校生かな?」

 通りすがりの生徒にも驚かれるほど、
 その少女は美少女の様だ。

ぴあの「素性を聞いても答えれない、
    なまえ〜は…あ、これは答えていいのか」

音「いいえ、構いませんよ
  では、さっそく受け取りに行って来ます」

 その少女の先で、
 音楽室から出て来たエンの幼なじみ・オン。

ぴあの「にゃんにゃんにゃにゃん♪
    …うさぎはにゃんって鳴かないね〜」

音「あ!
  君!危ないですよ!」

 どうやら目を閉じて歩きながら歌っていたらしく、
 オンに声をかけられた時にはもう遅かった。

ぴあの「え?
    わわわわっ」

    どさ

音「ふぅ、
  危なかったです」

 間一髪。
 走り込んで抱きとめ、助けたのは声をかけたオンだった。
 もし声をかけなかったら…
 気付くことがなかったら…
 足を踏み外して大怪我をしていたかもしれない。

ぴあの「////////」

2007122403

音「あの…大丈夫でしたか?」

ぴあの「あ……はい…」

 あまりの驚きと、
 自分でもわからない感情に声が出なかったが、
 何とか出せたのは小さな返事だけだった。
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■■■小説版『魔法剣・壱』第2話「ともだち」。
2007/11/25 Sun小説版「魔法剣・壱」
『魔法剣・壱』
第2話「やくそく」。
2007112503

炎「…ごめん…な…」

          どさっ

水「エン!?」

朔夜「エンくん!」

音「エン!」

柳「エンちゃん!」

水「エン!
  エンしっかりしなさいよ!」

柳「エンちゃん…エンちゃん…どうしよう…どうしたら…」

朔夜「4人でなら運べるよ、
   エンくんの家、そんなに遠くじゃないんでしょ?」

柳「う、うん」

音「そうですね。
  では、念のためエンの家に連絡しておきましょう
  スイさん、お願いできますか?」

水「うん」

 みんなの声がはっきりと聞こえない…
 気を失うと言うよりは、
 死ぬ瞬間に走馬灯のように今までのことが頭の中を映像が駆け巡る…
 そっちの方がイメージは近かったかもしれない。
 エンは気を失う瞬間、そんなことをほんの一瞬だけ考える余裕があった。

 ・・・まだ
 この時は誰も知らなかった。
 何かを得られる幸福よりも…
 何かを失う不幸ばかりを得てしまうことを…

 ねぇ、エン?
 私はこれから…
 あなたをどれだけ支えることができるかな?
__________

炎「お姉ちゃん!お姉ちゃぁん!」

 小さな男の子が遠くから一人の少女を多きく手を振りながら呼ぶ。
 男の子は月星学園小等部に通う小学3年生。
 元気が取り得と言える子で、中学3年生の姉が大好きな男の子だ。

 呼ばれた少女はそんな男の子を大事にする、学園では成績が良く、運動神経も悪くない。
 家庭では料理から選択、裁縫、掃除から、お年寄りや、弟の面倒まで喜んで引き受ける、それこそ今時数少ない良く出来た少女である。

真紅「どうしたの?」

 姉・シンクの前まで全力で走ってきた弟・エンは少し息を切らせながら、
 今さっきまで熱中していたものを見せる。

炎「へへへ〜。
  ほら、カブトムシ捕まえたっ」

真紅「わぁ、すごいエンくん!よく取れたね〜
   わたし虫捕まえるの苦手だからな〜」

 虫が苦手と言うわけではない。
 触るのも平気だし、飼っていたこともある。
 ただ、なぜか何に対しても捕まえることだけが苦手だった。
 そこまで苦労するシンクに対して、エンは簡単にやってのけるのだ。

炎「え?
  お姉ちゃんにも苦手なことってあるの?」

真紅「あるよ〜。
   お姉ちゃんだって出来ないことたくさんあるんだよ」

 エンにとって、完璧を超えて見える姉が出来ないことがあるのは、ただ不思議だった。
 だからと言って軽蔑したり、がっかりするわけじゃなく、自分が少し姉に近づけたとむしろ喜んですらいるのだ。

炎「そっかぁ〜
  じゃぁさ!ボクが姉ちゃんの出来ないこと出来るように頑張る!」

真紅「エンくん?」

 唐突ではあったが、エンの言葉はシンクにとっては大きい一言だった。

炎「そしたらさ、
  お姉ちゃんと出来ることがいっぱいになるでしょ?」

真紅「んん〜!
   エンくんは優しいなぁ〜♪」

 嬉しかったから、大好きな大事な弟だから…とても嬉しかった。
 なので、エンの頭をいっぱい撫でた。

炎「えへへ〜♪」

 エンは姉に頭を撫でられることがとても嬉しかった。
__________

炎「んん………?
  朝?」

 昨日の…
 突然すぎたカゲロウとの戦闘から一晩…
 たった一晩で、生死すら彷徨いかけた人間とは思えない回復力で目を覚ました。
 あれだけの傷を負っていたはずなのに、目を覚ましたら傷は全て、綺麗に塞がっていた。

炎「なんで…
  よ…って、わわわ!」

 驚いた。
 起き上がろうとしたその時始めて気付いた、
 自分の寝ている布団の3箇所が塞がれていて、
 布団から出るどころか、起き上がることすら出来ないことに。
 
炎「こいつら…」
2007112001

 どうやらみんな無事らしい。
 よく見てみると、エンの家の広間のようだ。

 エンの家は祖父であるシレツが道場を開く近所でもそこそこ有名な家である。
 「睦月道場」…その歴史は明治よりも以前からと言われているが、
 詳しいことは睦月家の者以外は知ることではない。それだけ古くからあるのだ。
 
 広間はエンの部屋からは近く、"一つの部屋"を挟んだそこにある。
 一昨日の様子からか、エンが心配で仕方ない幼馴染のスイたちが泊まりこみで看病するだろうと考えたエンの母・ミコトが気を使い、
 広間を勧めたのだ。

炎「ここからどうやって抜けるかねぇ…」

 布団を塞いでいたのは3人の女の子。
 腰の辺りに幼馴染のスイが、
 その反対側には昨日出会ったばかりのサクヤが、
 太ももの辺りにはもう一人の幼馴染のヤナが、
 ずっと看病をしてくれていたのだろう…
 疲れて…でもどこか安心した顔で眠っていた。
 少し離れた場所で、壁に凭れ掛って腕を組む形で更にもう一人の幼馴染のオンが寝ている。

水「すぅ…すぅ…
   エン…」

炎「寝ながら名前呼ぶなって」

柳「すぅ…エンちゃん死なないで」

炎「死んでたまるか…」

朔夜「エン…くん…」

炎「こいつにも心配かけちまったか…」

音「……」

炎「なんか言えよ…」

 一人一人に小さく声をかけながら、
 母・ミコトがかけてくれていたであろう掛け布団をそれぞれ掛け直した。

 一足先に部屋を出る瞬間、
 あの日以来…
 誰にも見せたことのないかもしれない優しい笑顔でエンは小さく…
 自分にすら聞こえるか分からないような本当に小さな声で…

炎「ありがとな」

 と言って部屋を後にした。

__________

〜一昨日〜

水「おばさまっ!」

 抱えて着いたエンの家の前で、少し前に連絡を受けていたエンの母が、コートを着ていても寒い気温の中、
 ドアを開けて今か今かと待っていてくれていた。

炎の母「みんな!
    広間に布団敷いてあるわ」

水、音、柳「はぃっ」

 エンの母はスイたちの足を止めさせないために、エンを寝かせるため用意した場所を告げた。
 スイ、ヤナ、オンは見慣れたエンの家の広間へとエンを抱えて向かった。
 ただ一人足を止めたサクヤを除いて。

炎の母「あなたは…
    星月朔夜ちゃん…ね?」

朔夜「はぃ…」

炎の母「ごめんなさいね…
    初対面でこんなことに…」

朔夜「いえ、あの…
   いいんですか?
   私が睦月家に居候させていただくなんて…」

 それは少し意味の深い会話だったかもしれない。
 見知った知人でもなければ、お互い初対面の挨拶をするわけでもなく、
 ずっと先を見据えたような…そんな会話。

 炎の母「それはどっちの意味で捉えて良いのかな?」

朔夜「え?」

炎の母「一人の人間として居候することに遠慮してるのか…
    ”時雨”と”雫”の血を引いてる者同士のことを気にして遠慮してるのか…」

朔夜「…どっちもです」

炎の母「素直ね。
    …自己紹介は明日エンが起きてから改めてしようか」

朔夜「はぃ…。
   今はエンくんを!」

 サクヤはそのままスイたちの入って行った広間へ向かった。
 だがエンの母・ミコトはそのサクヤの走る後ろ姿を見て、そこから動かずに
 これから起ころうであろう、エンが背負う多くの現実を想像して
 涙を流すしかなかった。

炎の母「ついに…
    始まってしまったのね…
    あなた…」
__________

水「ん…
  朝……え…ん……エン!?」

 目を覚ましたスイは居るはずの布団の中に誰もいないことに驚いた。
 慌てて目で確認したところ、昨日一緒に看病していた3人はそこに居て、
 まだ眠っている。
 やはり広間にエンの姿だけが確認出来なかった。

水「もう…
  怪我してるくせにすぐ出歩くんだから」

 あいつはいつもそう。
 怪我してても、熱があっても、皆に心配かけまいと、普通に振舞おうとする。
 そして思い出した。
 こうゆう時、いつもエンはあの場所にいることを。

朔夜「……」

 少女・サクヤが、スイが部屋を出た直後に身体を起こした。
 随分前から起きていたのか、二人が部屋を出るのを待っていた。
__________

炎「……ふぅ…」

 エンは誰も居ない睦月道場の真ん中で、
 愛用の木刀を握り、構え、姿勢を正したままただそこに立っていた。
__________

陽炎「…真紅は生きているぞ?」
__________

炎「姉ちゃん…兄ちゃん…」

 カゲロウが去り際に言ったその一言。
 昨日の戦いが、カゲロウは敵だと認識させていた。
 はずだが…
 その一言が、かつて兄と慕った人間だと…
 その一言を信じようとしていた。

 スイは「やっぱりここね」と確認しながら…

水「エン…?」

 と、小さく呟きながら道場へと続く少し大きなドアを開けた。
 ドアの音は道場内に響く大きな音だった。
 普通の人間なら、静寂の中でそんな音を聞けば驚くだろう。
 でも、エンはどれだけ集中していたのだろうか、
 その音が聞こえていないようだった。

 目を開いたエンは木刀を更に強く握り、素振りを始める。
 前へ、後ろへ…
 剣道などで構える基本の振りだろうか?
 少し踏み込みが異なるところを見ると、睦月流のオリジナルかもしれない。
 その素振りの17回目、前へ踏み込む瞬間、
 突然道着の後ろを掴まれてそれを止められた。

炎「…スイ?」

 スイはそのままエンの背中に頭を埋めた。
 心から心配する自分の姿を…
 今にも泣きそうな顔をエンに見せたくなかった。
 だからそのままの姿勢で無理矢理にでも元気を出して言った。

水「ばぁ〜か。
  あんまり心配かけさせないでよ…」
2007112502
炎「わりィ…」

水「うん…
  あれ…エン…怪我が…」

 エンがぶっきら棒に謝った時、
 スイは昨日体中に出来ていたはずのエンの傷が全部塞がっていることに気がついた。

炎「怪我…
  朝起きたら治ってた…」

水「あ…
  そういえば…私も…」

 二人だけではない。
 オンもヤナも、サクヤの傷も綺麗に消えていた。
 本当に昨日の闘いが嘘だったのではと思わせるくらいに綺麗に…

炎「昨日のこと…
  夢だったみたいに感じる…」

 不思議だった。
 昨日のことがなかったように…
 いつもと変わらぬ朝が来て、
 いつもと変わらない学園生活を送り、
 いつもと変わらない夜を迎えて…
 昨日もそうだったのではと錯覚させるくらいに、今流れる時間が穏やか過ぎた。

水「うん…」

炎「…スイ」

 それでも変わらない一日は来ていないと分かっていて、
 だからいつも弱音を吐くことをしないエンが、
 今にも泣き崩れそうな顔で、声で、スイの名前を口にした。

水「くす…
  ど〜したの?」

 その声でエンがいつもと違うと感じたスイは、優しく聞いた。

炎「…恐いんだ…」

 やっと…
 やっと本気で言ってくれた…
 初めて本気が弱音だって構わない。
 ちゃんと友達として、仲間としてみてくれてるって分かったから。
 それだけで構わない。

水「カゲロウさんのこと?
  それとも…戦うこと?」

炎「あんな”力”で戦って…
  強くなりたいってずっと願ってて…
  姉ちゃんを助けたかっただけで…
  でも兄ちゃん(カゲロウ)…姉ちゃんが生きてるって…」

 エンの言葉は少しはっきりしていなかったかもしれない。
 思ったこと、考えてることが、
 そのまま言葉になって出てきている感じ。

水「エン…」

炎「どこかで生きてるって信じてて…
  だからずっと修行もしてきた…
  でも…俺…あの時…
  兄ちゃん(カゲロウ)を…殺そうとしてた…」

 カゲロウさんのことを”兄ちゃん”って…
 昔呼んでた呼び方になってる。

水「うん」

炎「殺せるかどうかじゃなくて…
  殺すことしか頭になかった…
  ホシツキが殺さない戦いをしようって言っても…
  完全に抑えられなかった…」

水「うん…
  ず〜っと…背負ってきたものね…
  あの日からず〜っと…
  真紅ちゃんのために、
  誰にも涙を見せないで、ただただ強くなろうとしてた…」

 あの日から…
 真紅ちゃんが消えたあの日から…
 ただひたすら…泣かないで、強くなりたいと願ってきたのを、
 ずっと…誰よりも近くで見て来た。

炎「覚悟はしてた…
  いつか戦うかもって…
  でも木刀に炎(ほのお)が宿った時…」

 だから知ってる。
 エンの覚悟も、それと同時に湧き上がる恐怖も…

水「恐かった?」

炎「…(こくり)」

水「やっとだね…」

炎「?」

水「やっと…弱音を吐いた…
  待ってたのよ…6年も…」

炎「スイ…」

 エンはたくさん苦しんだ。
 悲しんだ。
 でも、エンだけじゃないんだよ…
 私も、ヤナも、オンくんも、ハガネちゃんも、ヒョウちゃんも…
 皆でエンを見て来たんだよ。
 エンがいつか弱音を吐いた時、励ませるように…
 頼ってきた時、手助けできるように…

 水「私たちは仲間なんだから…友達なんだから…
  なんでも言ってくれていいんだから…
  一人で溜め込まないで…」

 だから、
 みんなの代表じゃないけど、エンにそう告げた。

炎「そう…だよな…ごめん…」

 エンはちゃんと分かっている。
 6年もの長い間、皆がエンを支え続けてくれたことを。
 お互い口にはしない。
 ちゃんと通じてる。それだけで充分だから。
 だからエンは一言だけ謝った。

水「約束…」

炎「約束?」

水「本気で笑って、